ブログ トドの昼寝

札幌爺のたわごと

尾籠な話ーその1

 先日地下鉄の階段を登っていると目の前のジーンズの尻ポケットからパンパンの財布がはみ出して落ちそうになっていた。ふと思い出したのがとある岬を歩いていたときのことだ。財布がトイレに落ちたらどうするんだろうかと想像したのが原因のようだ。
 今は水洗トイレが普及していて、大便器を跨ぐとき下に闇が広がっていて、目を凝らすとウジやらハエやらが蠢いているのが見えてくるなんて経験はほとんどしない。だが、そこの岬の遊歩道にはあったのだ。昼になにを食べたのか思い出せないが、急に便意を催し、人気のない遊歩道から林に入って野糞でもしようかと思っていたら、掘立て小屋のような「便所」が目に入った。これ幸いにと用を足そうと飛び込んだが、携帯を落としては大変とジャンパーのポケットから携帯を取り出したところ、なぜか一緒に入っていた財布がポトリと大便器の闇に吸い込まれるように落ちていった。
 Mon Dieu ! Oh My God ! だがこの場合「糞っ!」にはならない。クレジットカードとキャッシュカードが沈んではアウトだ。で目を凝らすと、幸いなことに雨が降ってなかったことや使用頻度が極めて低そうなことも手伝って、固まった糞便の上にちょこんと乗っかっているではないか。ただし深さは結構ある、手を伸ばせばというレベルではないので、林の松の木の枯れ枝を見繕って大きな箸にして挟んで引き上げようということになった。連れの友人が手伝ってくれるのだが、やはり大きな曲がった枝の箸ではうまく掴めない、うっかり落とすと糞便の島から落ちて糞尿の海へ沈みかねないのだ。
 小一時間も格闘しただろうか、どうにか引き上げて、片手で財布をつまみあげ、片手で鼻をつまみなが、便所を出たが水道施設はまったく無い。岬とはいってもけっこう標高のあるところだった。だがそのまま持ち歩く訳にもいかず、意を決して海に降りる小道を見つけておりて行った。岩だらけの海岸だが、まずはカード類を引き出して海水ですすいでポケットティッシュで拭く。次はコインを広げたテイッシュの上に出して一枚ずつ洗っては拭くを繰り返した。ふと足元の水中を見るとけっこう小魚が寄ってきている、そうだよないい餌だよだなと感心しながら次の作業へ。けっこう乾いた糞島の上とはいえやはりそこは糞便で、紙幣と財布本体にはしっかり染み込んでいた。ヤケ糞になってゴシゴシと空の財布を洗い、お札はしばらく海水に浸けっぱなししておいてティッシュで挟んで乾かした。財布はもちろん安物の革製だ、乾くのにも時間がかかりそうなので、きれいな枝を探してきて先端にくくりつけてぶらさげて持っていくことにした。海水の効果絶大、コインとカードはほとんど臭わないので、無事だった小銭入れに収納。背中で歩みに合わせるかのように財布がぶらぶら揺れるのを感じながら岬をめぐって宿へ。あらためて洗面所で財布と紙幣を洗ってみたが、財布は乾く最中はもちろん、乾いてからもじわっと匂ってくる。紙幣はさっそく使って釣り銭に臭わない紙幣と硬貨で受け取った。財布は諦めることにした。安物とはいえ長年使って愛着があったが、囚われてはいけないと、涙をのんで宿のトイレの大きなゴミ箱に投げ込んだ。
 ところで、昔の汲み取り式トイレ、別名は「ボットン(ポッタンとも)便所」と言うらしいのだが芸州ではとんと耳にしたことはない。