ブログ トドの昼寝

札幌爺のたわごと

昔の北海道のイチゴ売り/深沢七郎より

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 深沢七郎が『いのちのともしび』(昭和38年)でこう書いている。

 六月の末頃、札幌の街はいちごの出盛りである。旅路の果、私は札幌で、このいちごを見て<アレッ!>と目を見はった。東京では、いちごは小箱に並べてつめて売っているのだが、ここでは八百屋の店先に山のように盛り上げて、土いじりのスコップですくって、投げるように新聞紙の袋に入れて売っているのだ。出はじめは100グラム五〇円ぐらいだそうだが、今、出盛りで一キロ四十円なのだ。

 写真は小樽商科大学で英語を教えたスミス(Wallace Smith)先生が撮ったものだが、赴任が昭和38年なので深沢七郎と同じ頃だと言える。小樽の八百屋あるいは青果店だが、高くてキロ20円ということは、おそらく地物の最後あたり6月から7月ではないかと推測される。このあとイチゴのうまさをめぐっての感慨が綴られていくのだが、『風流夢譚』での嶋中事件後放浪を余儀なくされた深沢にとって北海道は「これも俺の命の」ものが次々と見出される地であったようだ。「来年もいちごの頃にはここに来よう」という科白が印象的だ。ちなみにスミス先生は四年ほどの小樽滞在ののち東京に戻り、東洋英和女学院などで英語を教え続け東京で没している。

冬のネット句会から

  冬のネット句会から
 
  一人一句
 
     旅行運 凶と出るなり 初神
 
     Dans mon premier oracle écrit
     Le voyage était marqué
     Très mauvais.
                                                 <S>
 
    凍れ夜に 米研ぐ媼 背の丸き
 
     Une nuit glaciale
     Une vieille femme lave du riz
     Le dos arrondi.
                                               <T>
 
   しばれるや オノマトペ響く 帰り道
 
     Ça caille 
     Une onomatopée résonne
     Chemin du retour.
                                            <MG>
 
   神坐(ま)せる カナダロッキー 初明り
 
     Dieu est là
     Les Rocheuses canadiennes
     À la première aurore de l’an.
                                              <M>
 
   コロナ禍の 終息願う 七日粥
 
     De la bouillie 
     Avec les sept herbes printanières 
     Pour la fin du Covid-19.
                                              <H>

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   雪原に 浮かぶ岩塊 修道院モン・サン・ミシェル
      Sur les champs de neige
     Flotte un grand roc
     Mont-Saint-Michel                                                                  
                                              <O>

 

 

半藤一利逝く

 文春の時代を画した編集長にして『日本のいちばん長い日』、『昭和史』の著者半藤一利が鬼籍に入った。保坂正康と二人で昭和の暗部を暴こうとしつづけた良心の一人が消えた。それにしても僕らが大学生活を始めたころには「保守半藤(反動)」とあだ名されて罵倒されていた人間が、いつしか安倍長期政権下で憲法解釈改憲がごり押しされ憲法に実質的に引導を渡すという右シフトをやってからは、彼が左に位置してしまうという不思議なねじれ現象が起きてしまった。彼の言葉で記憶に残っているのは「日本人は激しい攘夷主義に陥りやすい」というのがある。「事なかれ主義」で不都合なことは起こらないかのように振舞うのだが、事態が煮詰まってくると突然「異世界」にすべてをおっかぶせて徹底的に攻撃し始めるのだ。これは正鵠をついている日本人論だと思う。それにしても昭和史が教えられない教育は怖ろしい。

 これに齋藤環の『ヤンキー化する日本』を繋げば現在の日本人の姿が見えてくるのではないかと思っている。今の日本人が無意識に待っているのは大盤振る舞いの「大黒様」の降臨だが、安倍政権は大盤振る舞いのポーズだけはとったのだが大黒とはなりえなかった。だとすれば、地域社会での大黒もどきヤンキーが登場してきたときどうなるのか、これは弥生以来日本人の自然なものとなった生き方が絡むので、知的批判ではどうしようもないと思っている。

 「護憲」よりも「育憲」とも言っていたことも思い出される。守りは突破されれば後はない、攻めの戦略が必要だったのだ。知人に安倍政権の解釈改憲集団的自衛権容認の日を「日本国憲法」の死んだ日として、月命日に弔いを欠かさないのがいる。

「#脱コル」について

 NHKニュースで取り上げられていて驚いたのだが、「脱コルセット」が今SNS上で大きな盛り上がりを見せているという。これは私が20年来某女子大の講義で必ず取り上げてきたアイテムだ。だが話を聞いていてもポール・ポワレもココ・シャネルも出てこない(私の不注意かも知れない)。19-20世紀の転換期、ベル・エポックの真っ只中で、女性のプロポーションの理想とされていた「S字カーブ」を可能にする器具が「コルセット」であった。侍女や召使が思い切りコルセットの紐を締め上げるシーンはカリカチュアとして常套化していた。ポワレは「女性の身体の自然なシルエットはそれだけで美しい」としてコルセットを廃したドレスを次々と発表していった。一方、シャネルはシルエットよりもむしろ「動きやすさ」を追及した結果「脱コルセット」デザインに到達した。特に第一次世界大戦国家総動員体制に突入した各国、とりわけアメリカでは女性の職場進出が著しくこの流れは大きなものとなった。
 そして日本では一世紀遅れて、この言葉が主観的なものも含めて「ジェンダー圧力」からの自己解放として使われることになった。日本でのジェンダー偏向は著しいものがあるが、同調圧力の強さもあって、無意識的に「女らしさ」を受け入れていることは論を待たないだろう。LGBTが話題となりながらも、ほとんど「らしさ」の受け入れを自然なものとして広告でダダ洩れ状態で使い続けている。東洋のガラパゴス面目躍如はもういいのではないか。周回遅れでもともかく走るべきだ。

https://www.bing.com/images/search?view=detailV2&ccid=46WPMpJn&id=A1075489D07D40FBDA05BA4E4E29692118520D5C&thid=OIP.46WPMpJnu6KuUVHz_Lp8UgHaJp&mediaurl=https%3a%2f%2ftheconfusedjunkie.files.wordpress.com%2f2016%2f05%2fpaul-poiret-dressing-the-model.jpg&exph=3585&expw=2752&q=paul+poiret+dress&simid=608048033926940610&ck=728777EBB5FDD8A2A263C4AA8B5AC42D&selectedIndex=275&FORM=IRPRSTpaul poiret dress に対する画像結果

映画『火口のふたり』と司馬遼太郎

 外出自粛で、映画でもみようかと思い、WOWOWの番組案内を見て、柄本佑瀧内公美の共演の『火口のふたり』(荒井晴彦監督・脚本)を見た。「金鳥」のコマーシャルで色気ありと気になっていた瀧内公美柄本佑の絡み具合を見たいと思ったからだ。柄本明が映画でケンちゃんの親父の声で登場したのには笑った。もっと個人的に笑えたのが、直子(瀧内公美)が結婚する予定の相手が防衛大出の自衛隊員なのと、彼が防衛大へ入るきっかけとなったのが司馬遼の『坂の上の雲』だと分かるシーンだ。しかもパソコンのパスワードも「坂の上の雲」(sakanouenokumo?)ときて大笑いしてしまった。というのも、私の下の息子の友人にほぼ同じ運命をたどったのがいたからだ。彼らが高校生の頃、うちに遊びに来たのだが、私の本棚の『坂の上の雲』を見た彼は「ちょっと借りていいですか?」と言うので、いいよ持っていきなさいと貸してあげた。読み終えたのち返しにきたとき姿勢がシャキッとしていることに気付いた。その後彼は猛勉強の末に防衛医大に見事現役合格、今は医官として大成しつつあるようだ。彼が「ただで医者になる道であり、生き甲斐を感じます」と言ったことを覚えている。司馬遼の影響力恐るべし、秋山兄弟の生き方に共鳴する若者は確実に居る。私は正岡子規の時代を描いた必読書として読んだのだが。

なぜだか朝鮮半島、、、五木寛之『深夜美術館』

 藤女子大の図書館で久ぶりに手にった講談社五木寛之小説全集もようやく28巻まできた。やはり読むペースは年相応とみえる。で、第28巻収録作品の初出情報を見ていて最後の『深夜美術館』だけが昭和50年の小説現代7~9月号で、それ以前は昭和47年の春までになっている。一回目の断筆だろう。で再開第一作が『深夜美術館』、舞台は日本だが内容は日本植民地支配下朝鮮半島での美術品収奪だ。読んでいるうちに日本の骨董商売につきまとう底知れぬ闇が浮かび上がってくる、フィクションだという断り書きがなんとなく白々しい。そして思い出したのが、大学に勤めていたころ仕事で訪れた韓国で案内された古墳のあまりにスッキリした「なにもなさ」だ。案内していただいた専門家と通訳のお二人が、われわれの「じつにあっさりした埋葬ですね」という感想に、妙にこわばった笑いで応じられた。半島の歴史の暗部を知らない者にとって実に失礼なことを言っていたのだな、と今更ながら思うのだ。

 冷え込んだ日韓関係だが、日韓請求権交渉で妥結済みだとする日本政府の物言いの居丈高なことに違和感を覚える。幼いころから身近に見てきた被差別部落朝鮮人部落。極めつけは「仁義なき戦い」で登場する、元安川の基町の川べりにせり出すようにしてあった、被爆者も含めた部落だ。差別がいろいろなところに、無意識の領域も含め、内在化されていることに気が付き始めたのはいつ頃だったろうか。

「バベットの晩餐会」とアメリカ大統領選

 アメリカ大統領選挙を見ていて、ふとガブリル・アクセルの映画「バベットの晩餐会」を思い出した。フランス料理というかレストランが生まれてきた背景にフランス革命があるとか、ジェンダー的偏向としての「女料理人」とかはさておいて、映画の舞台に思い至ったからだろう。デンマークのとある半島の寒村なのだが、住人は老人ばかり。なぜか?彼らは敬虔なプロテスタントで結束は固い(実はお互いを常に窺っているのだが)。なんのことはない、プロテスタントのあるセクトの村なのだ。かつての美人姉妹がセクトを起こした父の位牌を固く守って信者たちと信仰生活を維持しているという具合だ。当然若者たちは村を出て行く。そんな村に身元不詳の中年女が流れ着き、老姉妹のもとに身をよせる。宝くじが当たった女は賞金で村の全員にフレンチのフルコースを極上のワインをマリアージュさせて振る舞うことにする。そしてその晩餐は村人たちにとって至上にして最後?のものとなる。そして女は村を去る。
 ここで注目したいのは、プロテスタントセクト共同体の意識だ。共同体の外部は悪魔の誘惑に満ちた世界であり、行ってはならぬ敵の地である。アメリカに渡ったピューリタンたちの心性もほぼ同じであろう。アメリカという新天地で自分たちだけの共同体を築く、新大陸はそれを可能にする処女地であった。だが、そのアメリカはやがて奴隷として移住させられたブラックアフリカンと19世紀末からのヨーロッパの近代化で大量に発生した貧困層や飢饉に襲われた貧農たちの大量の移民によって揺さぶられることになる(最後にはヒスパニック系)。つまり、福音に信仰の基盤をおくプロテスタント共同体(イングランド移民)というアメリカの基底部を見ないと、トランプの健闘ぶりは説明がつかないように思われる。グローバリズムの果実をこの映画のように味わうこともなく、見捨てられたと感じるホワイトアメリカンの最後の抵抗としても見ることができるのではないだろうか。

 それにしてもトランプの悪あがきは、一夜の夢の後始末もできない、無様としか言いようがないのだが、これ以上の愚行は犯さないで欲しい。