『ローズガーデン』、講談社、2000年6月、第一刷
p.22
皮を被って、心は百八十度違う奴。そう思って眺めたら、ミロは悪くなかった。まだ幼い顔付なのに目が据わっていてアンバランスだ。そのアンバランスな気配が気になって仕方がない。何かありそうだ。俺は女の目利きだ。俺はミロを、「悪くない」から、魅力的な部類に昇格させた。
『ナニカある!』で桐野は林芙美子のボルネオ行きの秘密の解明を主旋律に芙美子の淫乱な性の欲動を奔放に描いたが、そのインドネシア取材の副産物として河合博夫(アグロ・コウワ電装のジャカルタ支店営業部勤務で単身赴任中)の妻として村野ミロを登場させる。二人の高校生時代の出会いを描くことによってミロの複雑な心の在り様の発端を紹介している。
p.23
ミロの家は、駅の逆側の静かな住宅街にあった。これといった特徴のない家だが、ひとつだけ人目を引くものがあった。誰も手入れをしないらしく、庭が異様に荒れているのだ。雑草がはびこり、剪定をしていない庭木が塀の隙間から飛び出ている。蔓草が塀を伝い、母屋にも絡み始めている。俺の家にも小さな庭がある。お袋があれこれ手を加えたせいで、リビングの前には鉢が並んで名前の知らない花が絶えず咲いていた。それも鬱陶しいと思っていたが、ミロの家の庭にも、気圧されるものがあった。
「ワイルドだな」
俺の呟きに、ミロはさり気なく答えた。
「母親死んだから、誰も構わないの。長い間病気だったし」
p.24
ミロが玄関の鍵を開け、自転車を庭に隠すように命じた。俺は玄関横の木戸を開けて庭に回った。三十坪くらいの庭は雑草が茂り、木の枝が鬱蒼として小さなジャングルのようだった。あちこちに置き忘れられたみたいに赤や黄色の薔薇が咲いている。立ち枯れているものもあれば、今を盛りと咲き乱れているのもあった。目を奪われたが、庭は立ち入ることを拒むかのように丈高い雑草に覆われている。
pp.26‐28.
俺はリビングから庭を見た。荒れ放題の庭には、そこかしこに薔薇。俺は柄にも似合わず、美しいと思っていた。「ていうか、好きかもしれない。どっか山の中に閉じ込めれた気がする」
(中略)
ミロが俺の目をじっと見つめた。冷めていて熱い。そこに見え隠れする関心と無関心。ああ、こいつもやはりあの手の女だ。間違いない。俺はミロの両腕を無理矢理押さえてキスをした。眼鏡屋の女もN子もいつだって化粧品の匂いがする。だが、ミロの全身からはリンスと石鹸と歯磨きと得体の知れない匂いが同時にした。動物の匂い。それも若いメスの動物。そう気付いた途端、俺は急に頭が爆発しそうになって口走った。
「やりたい。だけど、こんないきなりでいいのかな。幾ら何でも手続きがいるんじゃないか」
「手続きって何よ」
ミロは余程おかしいのか、俺の逃れるとソファに転がって爆笑した。標準服のスカートの裾からちらりと白い太腿が見えた。泥跳ねのあるソックス。
「つまりさ、まず好きって気持ちがないとまずいだろう。それからさ、お茶を飲んだり、映画行ったりして知り合ってさ」
ああ、何と馬鹿なことを口走っている。俺はうろたえた。同級生の女なんて小便臭いと端から相手にしていなかったから、思いもかけないミロの女振りに動転しているのだった。
「どうだっていいのよ、そんなことは。気に入れば後からやればいいの」
ミロは立ち上がって、奥の部屋に俺を引っ張って行った。そこは部屋の中央にダブルベッドが置いてあった。きちんとベッドメイクされていたが、誰かが使っている形跡がある。俺は部屋を見回した。頑丈なデスクの上には教科書もレコードも本もない。部屋全体から煙草の臭いがした。
「お前の部屋か」
「違う、父親の部屋」
「まずいよ」俺はびびった。「お前の部屋に行こう」
「ここがいいのよ」
ミロは厳然と言い張って、自らセーターを脱いだ。真っ白なシャツを着ていて、早くもそのボタンに指をかけている。
「何でだよ」
「どうしても」
だが、躊躇う風にスカートのホックを外しかねて立っている。急に自信を喪失したように見えた。疑問が湧いた。
「お前、処女じゃないだろうな。俺は処女とはやらないぜ」
「何でそんなに偉そうに言うの。怖いから?」