ブログ トドの昼寝

札幌爺のたわごと

ムーランはどこにある?

粗探しのようで気が引ける気がしないでもないが、けっこう重大なミスにも思えるので記しておこう。海野宏はそのベルエポックから1920年代のヨーロッパに関する浩瀚な研究とそこから紡ぎ出される美意識において最高の存在の一人だが、その『ココ・シャネルの星座』での指摘、

  おそらくこの時代の多くの女性にとって、ミュージック・ホールは、スターになるた
 めの場所として考えられていたのだろう。まだ映画スターの時代ではなかった。女性が
 身体一つで栄光をつかむためには、ミュージック・ホールしかないと、女たちは思った
 のだろう。シャネルもコレットも、この時期にミュージック・ホールを目指すのである。
                            (中公文庫版、23ページ)

にはハッとさせられる。日本にもあっという間に「カフェー」として広まる現象を考えると、「身体一つで」手っ取り早く稼げる商売という側面を無視できないにせよ、花形への道の一つであったかも知れない。芸者が最高に持ち上げられ、まさに「スター」であり得た時代で、映画スターままだやって来ていなかった。だがその前段はいけない。

  ムーランはパリの北、フランスのほぼ中央にある。
                      (同上、20ページ)

海野さんとあろうお方がこの記述を放ったらかしにされるとは。改版の機会がないためと思われるが、読者たちのために訂正しておこう。ムーランはパリの「南」にある。ついでに西条八十の東京行進曲の一節を引用しておこう。ここの「ダンサー」はカフェーの女給である。

  昔恋しい 銀座の柳
  仇な年増を 誰が知ろ
  ジャズで踊って リキュルで更けて
  明けりゃダンサーの涙雨